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囘る囘る。

人として生きる

私は合理的に考えて、

その人が人として最大限の価値を発揮するにはどのようにすればよいのかを考える。

 

これがイシューだ。

 

人の持つ高次なシステムから

心と体である。

満足に生きるため、

 

はてなく続くのならば、

以下のように生きればよいのだろう。

 

体の為を第一にすることが、

満足につながるのではないか?

 

人は人として生きる。

 

命題は何か、

私が求めるものは考えにおいての

答えであり。

 

私が何を求め続ければよいのかということである。

 

ここにいくつかの手法を用いて答えを導き出したい。

 

私たちが求める答えを。

 

方法序説ではないが、

方法的懐疑を用いる、

もしくは似たようなことを用いることで人間の本質を得ることができるのでは無いだろうか。

 

求めうるのは答えである。

 

1ついうなれば、

我々は既に答えを持っているはずだ。

 

どのようにすればよいかという。

 

しかし選択において、

その過程は失われる。

 

あの、腕に預けた時のかれはひどく幸せだっただろう。

 

求めるものがあっただろう。

 

私が一番幸せに感じた瞬間は、

母の膝の上で、暖の背中によりそった時だった。

 

あの幸福の為に生きてもよい。

 

あの瞬間の為。

 

蟻の王のように。

 

1つの瞬間のため。

 

そして、盲目の少女のように。

 

1つの瞬間のため。

 

求めうることは1つだ。

 

それをそう理解することが、あなたの価値になる。

 

あなたの価値は2つある、

存在価値と将来価値だ。

 

存在価値とはあなたでなければならないということであり、

将来価値とはあなたが将来もたらすであろう価値のことだ。

 

嬉しいかな。悲しいかな。

 

そのように求めうることが、

答えとなるのだから。

 

1つ考えて、

2つ考える。

 

多くの人が愛を求める、

では愛とは何なのだろうか?

 

愛とはあなたの事である。

 

あなたの事を考えることである。

 

他人を思いやることである。

 

思いやり、至、施し、受ける。

 

そのことである、

 

私たちが求めているのは、

私が生きていてよいのかという確信と、

期待である。

 

快楽もそれに含まれる。

 

神がなぜ我々を創造せしめたか、

我々は何故、神を想像せしめたか。

 

答えは我々がここに存在するためである。

 

物質的に考えるのであれば、

我々がここに我々として存在することが、

すでに答えなのである。

 

私は理想を持つべきで、期待を持つべきだ。

 

しかし、それに対して理想と期待は私自信が叶えなければいけないという

責務と自信と理解をもたなければ行けない。

 

私がなにもしなければ何も伝わらないのだ。

 

それが期待スべき答えなのだ。

 

しかし、望み、行動すれば、

行動が現実となり。望みが現実に近づく。

 

さらに行動することで現実を現実として捉えることができる。

 

ああ、勉強はしたい。

ゆとりを持って。

 

求めるように。

 

私は物質だ何ものでもない。

 

ゆえに、私は想像するのだ。

 

けいまくんの事を考えよう。

 

受け入れよう。

 

そして期待しよう。

 

そこに我々の望むべく未来があり、

我々の振るうべき過去があるのだと。

"お願い"について

無償で働くことは絶対にしないほうがいい。

それの報酬が勉強のためというのであればよいが、

特に他人に関わるようなことだと今後の関係に影響する。

 

事前に私が何を求めて、相手が何を求めて、何を提供できるのかを理解して、

交渉しなければならない。

 

折れたとしても一問の得にもならない、

時間管理やスケジュール管理ができないならば尚更である。

今月のブログのテーマ決め

以下のテーマにかいてゆく。

・コンビニで健康的な生活をするためのノウハウ。

・ブログを書きづづけるための手法

・教育、Empathyと発達障害について


今日の所感

 健やかなお腹は清々しい朝をご提供いたします。

 

 腹に力を込める。と過ごしやすい。
 空気を込めて、肺に力をいれる。

 ふらりふらりと顧みれば道は考えずにやってくる。

 きっと貴方のことだけを。虚数の情緒を思いいて。

 

 腰は砕けて、道半ば。

 3時間睡眠の合理性について

 

 食事のとり方を制限する。

 ・大盛は頼まない。

 ・複数の

物事の取り組み方

リスクの回避、

すなわち事前にすることを想定してそれを規定しておく、

事前説明があれば相手も承知してくれる。

 

みんなちゃんとしているから、ちゃんとしなくてもいいだろう、

ではなく

みんなちゃんとしていないから、ちゃんとしたほうがいいだろう。

 

という発想。

腰の経過観察 1日目

事故の直後は、

痛みは感じなかったが、
オフィスに戻るタイミングで腰と肩に強い違和感を覚えた、

その後、いくつかの総合病院に行くが外来、初診は満員で入ることが出来なかった。

 

山王病院で紹介してくれた、

赤坂整形外科クリニックへ行って、

事故の説明をした後にレントゲンと診断をしていただき、

その日は自費で支払った。

 

違和感を感じたものの強くはなかったので、

コルセットは断った。

 

そのままオフィスで作業を片付けた後に、

家へ向かったが多少違和感を感じるものの

 

強い痛みは無かった。

交通事故について

読書猿の考えにしたがってひたすら文字を書いてみる、

25分間でどれくらいかけるかということだ。

 

それは、今日あったことでもいいし昨日あったことでもよい。

何を考えたかを話せばいいのだ、文章だからといって結論を出す必要はない。

 

ただ、私が求めているのは考える力、思考する力だ。

それは物事を問題提起して仮説をたてて検証し、実際の方針を考えるということ。

 

すなわち、ロジカルシンキングといわれるものだろう。

 

この思考をするためには思考に対して多いものを吐き出すしか無い

思考について考えるのであれば、私は思考のフレームワークやロジックはなくただ単にその場のインプットに応じて出すのがとても近しい風にかんじる。

 

それは学習の成果か本質がそうなのかはわからないが、

私にとって私をより効率的に動かすものは、

先を考えることと、目標を立てることだと考えっる

 

例えば問題提起として今日の事故について考えよう。

問題提起として考えるのであれば、まずは課題を考えよう。

 

事前の理念が必要だが。

問題として感じたのはどうしていいかわからないということだ、

それは事故が起きた後のことだったが、

直後に何をすべくかを考えた。

 

現状は終わった後だから次に何をすべきかを順序あげよう、

・条件証拠を揃える

 1. 信号は赤だったか、否か

  即座に確認する、可能であれば写真を取る

 2. 目撃者の連絡先を聞いておく

  周りの人に聞けるように連絡をとっておく

 3. 被害を受けた現状を確認する

  写真を取る

 4. 相手の被害の現状を確認する

  写真を撮る

・対応について

 相手と連絡先を交換する

  電話番号

  名前

  住所

 相手の保険会社を確認する

 相手の住所を聞く

 けして不利になるような事を言う必要は無い。

・病院での対応について

 事情を説明する

 コルセットなどの通院に関わるものは受けておく 

 自費で支払う必要がある

 後で健康保険を利用できる。

 

こうしたことをまとめておくことで、次回以降のフローをよく認識できるだろうな。

 

ただ、理念として事故をしないというのが前提で考えなければいけない。

急に入れば驚くのはあちらだし、こちらも驚くだろう。

 

凶器を運転しているということをよく認識する必要がある、

それはひとえなことではなく、二重に判断する。

 

自転車もよくよく考えればそういうことなのだ。

 

すげー悲しかったのは、メガネが割れたこと。兄弟のめがね...。

赤信号で突っ込んだと向こうはいうがいい加減なことをいうな。

まぁ、おぼえてないんだけどね。ただ、赤で渡るはずがないだろう。

私は今回はまずは、現状の確認をした、110を呼んだ(他の目撃者が呼んだが)、

ただ向こうはいい加減にしようとした。"あんたが悪いのわかってる?その一言にすげー、むかついた。"

さて、こうした事を書きづづった上で、私は私がどうあるかを考えた上で目標を建てたいとおもう、もう既に5分を切ってしまったわけだが。

 

目標はそこまで深くはないが、意志は固い。

わたし自信が何を目的としているかといえば、
今回のような事がおこった際に、相手もこちらも十分に満足が行く結果が望めることだろう。過失に対して補填を補填に対して過失を。

 

人は誰しも自分が可愛い。それは何ら不思議なことではない、

それと同時に誰かが愛しい。たとえいる事がわからずとも。

 

はて、書きだしてみれば簡単なことではないだろうか、

あなたが私を思い、私があなたを思えば良いのではないのか?

 

不幸はあれど、それはそのようになったということに過ぎない。

 

今回の課題を法的にいえば、

標準に照らしあわせて、合理的にとく。

 

お互いの視点から言えば、お互いに悪だ。

それはもちろんのことである。あなたが幸せになるために私が不幸にならなければならない。それはよろしくない。ただ、不幸になるのは何故だろうか。それはお金や補填の問題だろう。では、当事者ではなく第三者がそれを解決すればいいのでは?すなわち国だ。

 

 

 

感謝

"得てみて、こんなものなの。

と思うことがあった。

 

だからいまは、それにありがとうといいたい。"

 

これからのことには、

ありがとうといいたい気持ちであるべきだ。

 

すごく辛かったのは、

自分は声をかけることしか出来なかったことだ。

母なら、飛び込んで行っただろう。

 

何故、飛び込んで行けなかったのか。

片手に持っていた消火器で駆けつけずにいなかったのか。

声をかけようとしなかったのか。

 

もし、誰かが。

すぐに行って、火を消し、助けにゆけば。

 

7階も燃えることはなく、

8階も燃えることはなく、

9階も燃えることはなく、

人は追い出されることはなく。

 

そう。なかっただろう。

いや。なかった。

 

 俺が得たものは、一つの答えとして。

 得たかったのだ。

 排斥が怖かった。

 名前も思い出せないが、大好きだった兄ちゃんが

 排斥という事情で、

 

 浣腸を一生懸命にした時に、

 そう言われたのが一番つらかった。

 

 そういう場にはいたくないと思った。

 未来の自分を見た気がした。

 

 それ以来からか、

 楽しくなくなった。

 行きたくなくなった。